東京高等裁判所 平成3年(う)1002号 判決 1992年3月02日
本籍
愛媛県松山市土居田町五〇七番地
住居
東京都渋谷区千駄ヶ谷一丁目八番六号 千駄ヶ谷シャンス四〇四号
会社員
島川清
昭和五年八月三日生
右の者に対する法人税法違反、所得税法違反被告事件について、平成三年七月一八日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官町田幸雄出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人村山利夫及び同小川裕之連名の控訴趣意書に記載されているとおり(量刑不当の主張)であるから、これを引用する。
そこで、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、本件は、被告人が、(一)本件当時、不動産の売買・仲介等を目的とする有限会社利昌(以下「利昌」という。)の代表取締役として、その業務全般を統括していた横山彰と共謀の上、利昌の業務に関し、法人税を免れようと企て、不動産の売買につき、第三者と共同して行ったかのように仮装し、あるいは第三者の名義を用いて取引するなどの方法により所得を秘匿した上、(1)利昌の昭和六〇年一二月期における実際所得金額が七五三三万七二五六円、課税土地譲渡利益金額が八四五三万円もあったのに、所轄税務署長に対し、所得金額が七七九万三二五六円、課税土地譲渡利益金額が一二八五万七〇〇〇円であり、これに対する法人税額が四九四万五五〇〇円である旨を記載した内容虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま法定の納期限を徒過させ、もって不正の行為により四三五五万五七〇〇円の法人税を免れ、(2)利昌の同六一年一二月期における実際所得金額が四億四七四七万六六九五円、課税土地譲渡利益金額が四億四八一一万三〇〇〇円もあったのに、所轄税務署長に対し、所得金額が二四万七一六五円、課税土地譲渡利益金額が零であって、納付すべき法人税額がない旨を記載した内容虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま法定の納期限を徒過させ、もって不正のの行為により二億八一九四万二四〇〇円の法人税を免れ、(二)不動産の売買を目的(本件後の昭和六二年一〇月二〇日付で、その目的を建物の清掃、保守、管理等とする旨の変更登記をした。)とする東部観光開発株式会社(以下「東部観光開発」という。)の代表取締役として、その業務全般を統括していた土田正二と共謀の上、東部観光開発の業務に関し、法人税を免れようと企て、架空の支払手数料を計上し、あるいは不動産売買を仮装して架空の売却損を計上するなどの方法により所得を秘匿した上、(1)東部観光開発の昭和六一年九月期における実際所得金額が三億五九四五万一六四五円、課税土地譲渡利益金額が三億九七〇六万八〇〇〇円もあったのに、所轄税務署長に対し、所得金額が四七八三万二一六四円、課税土地譲渡利益金額が九九五一万一〇〇〇円であって、これに対する法人税額が三九四五万〇一〇〇円である旨を記載した内容虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま法定の納期限を徒過させ、もって不正の行為により一億九四三六万九六〇〇円の法人税を免れ、(2)東部観光開発の同六二年九月期における実際所得金額が一億〇九八〇万八五三九円、課税土地譲渡利益金額が一億七五五七万三〇〇〇円もあったのに、所轄税務署長に対し、所得金額が一七四万八〇六六円、課税土地譲渡利益金額が二六八六万円であって、これに対する法人税額が五二四万五七〇〇円である旨を記載した内容虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま法定の納期限を徒過させ、もって不正の行為により七四三七万七六〇〇円の法人税を免れ、(三)右(一)の(1)、(2)、(二)の(1)、(2)の各犯行に加担し、謝礼を得たにもかかわらず、これを借名の預金口座に預け入れるなどの方法により所得を秘匿した上、昭和六一年分の実際総所得金額が一億三九八三万四七〇八円もあったのに、所轄税務署長に対し、同年分の総所得金額が二八六万四八四九円であって、これに対する所得税額が二万三一〇〇円である旨を記載した内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定の納期限を徒過させ、もって不正の行為により同年分の所得税八五六七万一一〇〇円を免れたという事案である。
右にみたとおり、本件は、被告人が、二法人の各二事業年度にわたる脱税に関与して、合計五億九四二四万五三〇〇円の法人税を免れたほか、自己の所得税八五六七万一一〇〇円を免れたものであって、その逋脱総額が実に六億七九九一万六四〇〇円にも達している上、いずれの逋脱率も高率であること、被告人は、かつて会計事務所に出入りし、その業務を手伝うなどして経理事務の知識を習得していたところ、その知識を活用し法人や個人の伝票、帳簿類、決算書等の作成に関する経理事務のみならず、各種確定申告書の原案等もを作成して、報酬を得ていた者であるが、(一)利昌の代表者横山から原判示第一の一、二記載の各事業年度における不動産取引につき、その利益の圧縮方を依頼されるや、多額の報酬を得る目的で、されを引き受ける一方、自己の税務知識を悪用し、架空の支払手数料を計上したり、ダミー会社を設立して、その会社との共同事業であるかの如く装って売買益の一部を除外し、あるいは利昌とは全く関係のない赤字経営にかかるダミー会社を探し出し、その会社が取引したかのように仮装して売買益の全部を除外するなどの方法により利昌の所得を秘匿た上、その旨を記載した虚偽の法人税確定申告書原案をそれぞれ作成し、これにその当時懇意にしていた税理士に署名押印させて、前記税務申告に及んだこと、しかも、右の事実を隠蔽すべく、架空の領収証や虚偽の契約書を作成したことはもとより、ダミー会社名義の預金口座を開設させて、その口座に利益分配金名目の金員を振り込むように指示したばかりでなく、ダミー会社の本店所在地を移転させ、あるいはその代表者をも変更させるなどしたほか、本件で査察が開始された後、更に秘匿した所得の発覚防止工作を行っていること、(二)東部観光開発の代表者土田から原判示第二の一、二記載の各事業年度における不動産取引につき、利益の圧縮方を依頼されるや、右(一)と同様に、架空の支払手数料を計上したり、ダミー会社との共同事業であるかの如く仮装して売買益の一部を除外し、あるいは赤字経営にかかるダミー会社をその取引に関与させ、その売買益を除外するなどしたばかりでなく、架空の売却損をも計上させるなどして、東部観光開発の所得を秘匿する一方、それに応じた支払いがなされたように仮装させるなどしたものであって、右(一)、(二)のいずれの場合も、脱税の請負人として、被告人の関与した役割が重大であることはもとより、極めて計画的かつ巧妙悪質な犯行であり、その動機には何ら酌むべきものが認められない上、その報酬として少なくとも合計一億七六一二万円余を得ているのに、これを全く申告しなかったこと、以上の諸点に照らすと、被告人の刑責は甚だ重いといわざるを得ない。
してみると、被告人は、本件につき、身柄拘束の上、取調べを受けたことなどもあって、いずれの事実も素直に認め、深く反省していることは勿論、本件逋脱にかかる所得税だけでなく、その他の所得税についても修正申告を行い、その本税及び附帯税について全部完納し、地方税についても分割納付に努めていること、被告人には全科前歴が全くないこと、共犯者らとの刑の権衡等所論が指摘する被告人に有利な諸般の情状を十分斟酌しても、本件は懲役刑の執行を猶予すべき事案とは到底認められず、被告人を懲役一年一〇月及び罰金一五〇〇万円に処した原判決の量刑はやむ得ないものであって、これが重過ぎて不当であるとは考えられない。論旨は理由がない。
よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 半谷恭一 裁判官 新田誠志 裁判官 浜井一夫)
○ 控訴趣意書
被告人 島川清
右の者に対する所得税法違反、法人税法違反被告事件について、次のとおり控訴の理由を明らかにする。
平成三年一〇月二日
右弁護人 村山利夫
同 小川裕之
東京高等裁判所第一刑事部 御中
記
本件控訴は、原判決の量刑不当を理由とする。
即ち、原判決は、原審相被告人横山彰に対し懲役二年、執行猶予四年、同土田正二に対し懲役二年、執行猶予四年に各処しながら、被告人島川清に対してのみ、実刑の懲役一年一〇月に処す旨を言渡している。
本件各公訴事実における各被告人の犯行の動機、犯行態様、その他の情状を総合するとき、右量刑は被告人島川清に対してのみ苛酷と言わねばならない。
以下その理由を述べる。
なお、本件控訴趣意書においては、便宜上
被告人については
被告人 島川清 被告人 島川
原審相被告人 横山彰 横山
原審相被告人 土田正二 土田
同 有限会社利昌 利昌
同 東部観光開発株式会社 東部観光
と略称し、取引物件については目的物件の所在地により
神戸物件
石神井物件
弁天町物件
中央物件
荒木町物件
東十条物件
上高田物件
と略称する。
第一 総論
一 およそ所得税、法人税法違反事件は、何らかの事情により利益を得ながらこれに対し当然に課税される税を免れようとする者が存在し、この者が主犯であり犯情が最も重くあるべきである。
二 右主犯に対し幇助犯的に加功する者は、本来主犯に比較し犯情は軽いと思料され量刑上も当然考慮されるべきである。
然るに原審が何故幇助的に荷担した被告人島川に対し前記の量刑に至ったのか、その理由は検察官の被告人島川への予断と偏見に基づく論告求刑と横山、土田らの弁護人らの被告人島川をいわゆるスケープゴードにした弁論に影響されたものと考える。
三 即ち、原審の論告意見によると、被告人島川は従来から脱税請負人として脱税工作をも敢行し、報酬を得ていたものであると断定している。
しかしながら、被告人島川は、本件各犯行以前に発端となった横山のオンワードの件は別として検察官が主張しているような事実はないし、また脱税請負人として行動していたことを認めるに足りる証拠もない(被告人島川の身上、経歴は同人の平成二年一二月七日付検面調書第一項)。
右論告は被告人島川に対する偏見によるものと言わざるを得ない。
四 右検察官の論告意見を奇貨として、横山、土田らの弁護人もすべての責任は被告人島川にあり、横山、土田らが脱税の意思を持ったのは島川の勧誘によるものであり、また被告人島川の利益のためである旨の強弁をしている。
五 右横山、土田らの弁論も事実に反するものであることは、後記のとおり明らかにするが、要するに被告人島川が横山、土田らと交渉を持つにいたったのは右両名が脱税の決意をした後のことである。
もし右横山、土田らが被告人島川の紹介を受けなかったなら、同人らは別の第三者の紹介を受け、もしくは自らの考えによって脱税を敢行したであろうことは十分に想像されるところであり、島川の存在なくしてはこれらの犯行は困難であったなどと言うことは出来ない。
六 以上の前提のもとに、被告人島川が本件各犯行において横山、土田らに荷担した内容を次に検討する。
第二 本件各犯行における被告人島川の役割等について。
一 原審判決は、被告人島川が工作を終始指導的立場で実行したと認定しているが、以下述べるように事実に反する。
(一)横山、土田らの動機。
横山、土田らは、それぞれ不動産業を営むものであるが、不動産取引で得た利益が土地重課制度の下では、高額の税金を支払うことになる。そこで、脱税をすることによって、今後の不動産取引をするにあたって自由に使える裏金を作りたいと言うのが本件各犯行のそもそもの動機であった。
(二)工作の依頼。
横山、土田らが不動産の取引をするに際しては、物件の選択、売買代金額の決定など重要な事項に関して被告人島川は一切関与していないし、また購入した物件の転売に関しても同様であった。
従って、横山、土田らが当該物件に関して、どれだけの利益を上げるのかは、横山、土田らが相談をして来るまで知らない。
横山、土田らは、利益が現実に出たか、利益を上げることがほぼ確実になった時点で工作の依頼をして来たものである。
横山が島川に依頼した各物件について、その依頼の経緯を見ればそのことは明白である。
<1> 神戸物件 取得日 昭和六〇年三月四日から三月五日。
相談日 昭和六〇年五月末ころ。
転売日 昭和六〇年六月六日
(横山の平成二年一二月一二日付検面調書第一項乃至五項)
(島川の平成二年一二月一四日付検面調書第六項)
<2> 石神井物件 取得日 昭和六〇年九月二〇日
相談日 昭和六〇年一〇月中旬ころ。
転売日 昭和六〇年一〇月二五日
(横山の平成二年一二月一二日付検面調書第一〇項乃至一五項)
(島川の平成二年一二月一四日付検面調書第六項)
<3> 弁天町物件 情報取得日 昭和六一年三月ころ
相談日 昭和六一年三月ころ。
取得日 昭和六一年三月三一日
転売日 昭和六一年七月八日
(横山の平成二年一二月一七日付検面調書第二項乃至一二)
(島川の平成二年一二月一四日付検面調書第七項)
この事は土田の場合も同様である。
<1> 中央物件 情報取得日 昭和六〇年一二月末ころ。
相談日 昭和六一年二月ころ。
転売日 昭和六一年二月。
(土田の平成二年一二月一五日付検面調書第二項乃至五項)
(島川の平成二年一二月二二日付検面調書第二項乃至四項)
被告人島川は、この時点で初めて土田と面識を持ったもので、土田の説明以外に東部観光の事業内容、収益等知らされず、またこの以後も事業に関与していない。
<2> 荒木町物件 情報取得日 昭和六一年六月上旬。
相談日 昭和六一年九月ころ。
転売日 昭和六一年九月ころ。
(土田の平成二年一二月二四日付検面調書第一項乃至九項)
<3> 東十条物件 情報取得日 昭和六一年七月ころ。
相談日 (島川に相談なし)。
転売日 昭和六一年一〇月ころ。
(土田の平成二年一二月二二日付検面調書第一項乃至三項)
このような情況であるから、凡そ被告人島川から脱税をもちかける等と言うことはありえない。被告人島川が脱税請負人として、脱税をそそのかしたごとき供述あるいは弁論、論告は全く事実に基づかないものである。
(三)謝礼額の決定。
被告人島川が横山、土田に対し謝礼額をいくらにしてほしい等の要求をした事実はない。
常に横山が額を提示して、島川がそれを了承するパターンであった(島川の平成二年一二月一四日付検面調書第六項1)。
横山は謝礼額の根拠を説明するためにメモや利益分配の計算書を作成している(横山の平成二年一二月一二日付検面調書第一六項、同一二月一七日付検面調書)。このように横山が主導的に謝礼金も決めていたものである。
横山の平成二年一二月一七日付検面調書第五項によればB勘屋でも一五パーセント云々と供述しているが、このような横山であれば、仮に被告人島川がいなかったとしても別途脱税の方法を考えていたであろうと想像が出来る。
土田の場合も土田が被告人島川と会った二、三回目のころ、土田より脱税の方法を考えて貰いたい。それについて応分の謝礼を支払うつもりであると被告人島川に話したと述べている(土田の平成二年一二月一五日付検面調書第五項)。
被告人島川は昭和六〇年九月ころ、土田のために有限会社東京マシナリーの架空領収証(額面一八〇〇万円)を渡し、東部観光において右金額を経費として計上したときも特に報酬を要求していないものである(土田の平成二年一二月一五日付検面調書第一五項、島川の平成二年一二月二二日付検面調書第六項以下)。
荒木町物件の仮装売買による利益圧縮に際しても同じく被告人島川は報酬を要求していないし、また土田も支払いをしていない(土田の平成二年一二月二四日付検面調書第一一項)。
(四)ほ脱の態様とその決定。
態様としては、概略以下に述べる二方法である。
イ 共同事業者を用いて利益を分離する(利益の一部を隠す)。
ロ ダミー会社を使用して所得を秘匿する(利益の全部を隠す)。
これらの方法は被告人島川が考案した新規的、独創的な方法ではなく、それ自体従来より行なわれて来ている典型的な方法にすぎない。
横山との本件公訴事実の関係においては、次の方法が採られた。
<1> 神戸物件 イ (有)伸弘商事
<2> 石神井物件 ロ (株)エムケーホーム
<3> 弁天町物件 ロ ダビオハウヂング(株)
いずれの方法を採るかについては、横山からの相談の際にこのようにしてほしいとの指定があった。島川が態様を指示した事実はない。
即わち、
<1> 神戸物件 「この取引でかなり儲がでるので、利益を少なくする方法はないか、…赤字にならない程度に利益を圧縮出来たらいい」(島川の平成二年一二月一四日付検面調書第五項2)また利昌では既に取得の売買契約済であった(横山の平成二年一二月一二日付検面調書第五項)。このようなことから必然的にイの方法を採ることになった。
<2> 石神井物件 「本年度の期で売りまで出来る方の物件について利益が出ないようにして欲しい」(島川の平成二年一二月一四日付検面調書第六項2)、とすれば既に本年度は神戸物件で利益が出てしまうので、これも必然的にロの方法を採ることになった(右検面調書第六項3)。
<3> 弁天町物件 「この物件で一発儲けたい…」「ダビオハウヂングの名前で買ったらどうですか」(島川の平成二年一二月一四日付検面調書第七項3)。(横山の平成二年一二月一七日付検面調書第四項)。これも横山の申出により必然的にロの方法を採ることになった。
土田との関係では次のとおりである。
<1> 中央物件 イ ジャパンアヴィエーションサービス
ロ 東京マシナリー
ロ マエダ
ロ 中部観光
なお、右のうちマエダと中部観光は土田が島川に無断で行なったものである。
<2> 荒木町物件 ロ 寿建
ロ ミヤタ建設(オンワード)
<3> 東十条物件 ロ サンメール外
この件に関しては、前記のとおり土田が単独で計画し実行した。
<4> 上高田物件 ロ ミヤタ建設
ロ 首都恒産
右ダミー会社のうち首都恒産は土田が支配している会社である。
土田との関係は以上のとおりで、土田の用意したダミー会社が数多く見られ、土田が被告人島川に相談なく自己の意思で脱税工作を行っている場合が多いのである。
その他の場合でも土田の要求により被告人島川においてダミー会社を用意したものであり、島川から土田に脱税を持ちかけたことはないのである。
(五)役割の分担。
また原判決は、島川は横山、土田らに工作の具体的方法を教授したり、指示を与えたりしたとしているが、脱税の態様ならびにその決定は横山の関係では右記のようになされ、島川においてダミー会社等の用意をなしたが(ダビオハウヂングについては、横山が買取資金も提供した)。横山は「不動産取引に関しては自らやり、島川はダミー会社を提供し、その後の脱税のために決算書や申告書のごまかし等の経理工作をやる」との役割分担の認識をもっていた(横山の平成二年一二月一二日付検面調書、第六項、第一三項ならびに同一六項「脱税に関する経理部門の担当者である島川」)。
従って、基本的には島川において横山に会社名、代表者名、本店の所在地を教えると、後は横山が島川の指示を受けなくとも(横山は指示を受けた等と供述しているが、事実に反する)代表者の印鑑、ゴム印等を作り、銀行口座を開設したり、取引をするにあたっては、自ら名刺を作って代表者になりすましたり(横山の平成二年一二月一七日付検面調書第六項)、既に契約の出来ている物件に関しては後日当事者の了解を得て契約書を差し換えたりした(横山の平成二年一二月一二日付検面調書第一四項)。
また共同事業者を用いる場合には業務委託契約書まで自ら作成したりした。横山はこのようなことをするにあたり、自ら積極的に行動していたものである。
同人は取引主任の資格を有しており、文書の作成等についてはそれなりに自信を持っていたようですらある(横山の平成二年一二月一二日付検面調書第九項。「私が虚偽書類の内容や体裁を自分で考えたことを得意になって説明した…」)。
仮に島川において綿密な指示をしていたのであれば、伸弘商事との業務委託覚書のような書類で、伸弘商事の設立年月日を知らずにそれ以前の日付の書類を作成してしまう(横山の平成二年一二月一二日付検面調書第九項)などのことはない筈である。
弁天町物件における横山の欲に走った行動とその破綻。
横山は弁天町物件の情報を得るや、「儲が大きそうなので自分の商運をこの弁天町物件に賭けて見ようという気になった」(横山の平成二年一二月一七日付検面調書第四項)。
このようにして、横山は千載一遇の好機とばかりに利益追求に走り約七億円もの転売利益を出すに至った。同人はダミー会社であるダビオハウヂングでは当初二億円程度の利益をうまく吸収出来ると考えていた(横山の右検面調書第四項)ようではある。
他方島川は、利昌の資金力、今迄の実績、横山の経営方針等からこのように多額の脱税に至る利益を出すなどとは全く予想だにしていなかった。このことから島川は後日やむなく、ダビオハウヂングの代表者の変更や本店の移転など悪あがきとも見える行為をするに至るのである。
この経過を見ても、横山と島川の間には役割の分担があり、かつ島川が横山に対して綿密な指示などをしていなかったことが明白である
土田の場合でも被告人島川は東部観光の不動産取引には全く関与せず、中央物件、上高田物件に関し土田より脱税の相談を受け、イとしてジャパンアヴィエーションサービス、ロとして東京マシナリー、ミヤタ建設等を提供した。寿建は本来島川、土田らの共同事業の会社として設立されたものである。
二(一)横山の性向。
横山は島川が関与する以前から税金に対する遵法精神がはなはだしく欠けていると思われる。
横山において島川に依頼することになった、きっかけは有限会社オンワードが店舗の立退料の支払を受けたが、顧問の税理士に相談したところ、受領金額の半分に相当する税金を支払わなければならないと言われたのでこれをいかに回避しようかと考えていた。たまたま、税務の知識があるということで紹介された島川に「渡りに船」とばかりに相談し依頼した(横山の平成二年一二月二日付検面調書第四項3)
横山は、当初から、この税金を一銭も支払う意思がなかったことは次のことからもうかがえる。横山はオンワードでしていたファーストフードの店を廃業し、新規に不動産業を営むつもりでいた(横山の右検面調書第一項3)。
従って、その開業資金を必要としていたこと。また報酬額を提示するにあたって、税金の免脱額を基準にしないで横山が立退料として受領したという一億六九〇〇万円を基準にした一割に相当する一七〇〇万円を支払う旨約束していること(横山の右検面調書第四項3、島川の平成一二月二日付検面調書第三項5)。
しかも、この件に関しては後日税務調査がはいり税務署から一部否認され結局修正申告をしたうえで、税金を約三〇〇〇万円支払わなければならなくなるや島川に対する報酬の支払を値切るに至っている(横山の右検面調書第四項6、島川の右検面調書第三項8)ことなどからである。
更に、この件に関して横山は立退料は一億六九〇〇万円であると主張していたが、この税務調査の段階で実は裏で別に三〇〇〇万円を受領していたこと、その金額に見合う「竹の子村」なる架空領収証を横山自らが作成していたことが判明した(島川の右検面調書第三項8、横山の公判調書)。
横山は非常に功利的な人である。
オンワードの件で当初から一銭も税金を支払う意思のなかったことは述べたとおりであり、税理士の指導にも耳をかそうとしなかった。それにも拘らず、いぜんとして顧問料は支払い昭和六〇年度の法人税の確定申告書作成はその税理士に依頼した。
しかしふたたび土地重課に関して、島川に相談し島川の計算の方が安くすむと知るや、急拠税理士を解任したりしている(横山の平成二年一二月二一日付検面調書)。また同人は検面調書で認めていた、ダビオハウジングの買取資金の提供ならびにいわゆる証拠隠滅行為の際に支払った六〇〇〇万円について、公判廷においては争ったりしている。
(二)土田の性向。
また土田については、同人が昭和五七年ころ、宅地造成等規制法違反で罰金五万円に処せられ、またその直後宅地建物取引業法違反で罰金一〇万円に処せられていることからも明らかなとおり、利益の追求のためには手段を選ばぬ強引な人柄であることがうかがわれる。
本件各犯行も土田が脱税をしてまでも事業資金を得たいという欲望から発したものである。
それであるからこそ、土田は、本件が発覚しても税務当局の修正申告の勧告にも応ぜず、更正決定を受けるや異議の申立までしている。
身柄を勾留されて、保釈を得るために異議の申立を取り下げた。
その経過を見ると、その反社会性、遵法精神の欠如は著じるしいと言わざるをえない。
この点、被告人島川が本件各犯行発覚後直ちに自己の行為を反省し、すすんで本件犯行の細部まで自供し、更に修正申告をなして、一部については納税をしているのと対照的である。
三 原審は島川は、ほ脱した所得により自己の不動産を購入していたのであって、その責任は極めて重大であると判示しているが、横山においては個人消費分が約八〇〇〇万円もあり(横山の平成二年一二月二五日付検面調書第二項)、これに比して不動産を購入していたことが何故に悪質であるのか理解し難い論旨である。
また原審の指摘するほ脱率の割合は、被告人島川の場合、不正に得た利益であるだけに、もともと所得として申告しにくい性質のものであることを指摘しておく。
従って、単なるほ脱の割合の比較は、それ程重要な意味はないと思料される。
第三 結論
被告人島川の情状については、以上述べたとおりであるが、改悛の情を計る重要な尺度の一つとしは、不正に免れた税額に対しどれだけ納税したか、その納税情況であると思料する。
被告人島川は、すすんで修正申告をなし、原審段階において既に脱税額の全額を納付した。これは、利昌(横山)、東部観光(土田)と決定的に異なるところである。速やかに納税をしたものよりも、完全なる納税の期待が非常に薄いものが有利となるというようなことがあってはならない。
なお、更に被告人島川は地方税についても完納するべく、税務当局と協議をなし、分割にて納税中である。
以上のように被告人島川の有利な情状を総合すると、横山、土田の量刑に比較して、あまりにも苛酷であると言わざるをえない。
被告人島川は、深く反省し、再犯のおそれのない現在、原判決を破棄して執行猶予の判決を賜りたい。
以上